社説:アベノミクス 「財政再建の矢」も語れ

毎日新聞 2013年06月28日 02時30分

 今月19日、主要8カ国首脳会議からの帰路、安倍晋三首相は伝統あるロンドン金融街のギルドホールに立った。自らが進める経済政策、いわゆるアベノミクスを売り込み、対日投資を促す講演のためである。

 そこで首相は「私を勇気づけてやまない先人」の話を披露した。大正から昭和にかけて首相、蔵相を歴任し、積極財政や日銀による国債引き受けを行った高橋是清だ。「深刻なデフレから日本を救った」とたたえ、1931年、4度目の蔵相に就任するやいなや高橋が金の輸出を停止した、そのスピード感を強調した。

 ◇高橋是清に倣う

 そして言い切った。「私はまさにそれを試みた。人々の期待を上向きに変えるため、あらゆる政策を、一気呵成(かせい)に打ち込むべきだと考えた」

 今度の参院選で問われる最重要テーマの一つがこのアベノミクスだ。首相が一気呵成に打ち込んだという経済政策の功罪、そして今後進むべき路線を国民がどう判断するかは、政権の命運ばかりか、国民のくらし、さらに経済の域を超えた政策や国の将来をも左右し得る。与野党に、わかりやすい論戦を求めたい。

 まず首相が一気に放った最初の2本の矢だ。2%の物価上昇目標を掲げた日銀による大規模金融緩和、そして公共事業を中心とした10兆円規模の大型補正予算である。

 確かに一気呵成だった。実際に政策が実行される前から、米国の緩和マネーを巻き込んだ円安・株高がハイペースで進んだ。しかし、想定されたシナリオとは逆に長期金利が上昇、「成長」の前提とする企業の設備投資にも火がつかない。政権はここへきて設備投資減税に言及し始めたが、円安・株高から次の段階に進展できていないことの裏返しだ。

 一方、アベノミクスがよりどころとする「期待」と密接な関係にある株高も、5月23日を境に一変する。米国の大規模な量的緩和が終わりに近づいていることを示唆したバーナンキ連邦準備制度理事会(FRB)議長発言が引き金になった。

 80兆円−−。これはこの日から、第三の矢である成長戦略の全貌が判明した今月13日までの約20日間で消えた、東証1部上場企業の合計時価総額だ。今後、株価上昇が再開する可能性はあるが、移ろいやすい期待と巨額なマネーが作る相場は不安定で企業経営や私たちの生活をかえって混乱させかねない。

 では、これからをどう考えるべきだろうか。安倍首相は「自信を持って、ぶれずに実行していく」と従来路線の継続に意欲を見せる。「景気回復が実感できない」(民主、共産、社民など)といった指摘には、政策を着実に実行することで、実感できるようになる、と説く。だが、これでは納得できない。どのような経路で、政府・自民党が掲げる「今後10年間の平均で実質経済成長率を2%に」という目標が達成され、それが国民の収入増につながるのか。「企業の設備投資をリーマン危機前の水準に戻す」という目標自体、望ましいのか。踏み込んだ議論を望む。

 だが、アベノミクスの今後で何より問われるテーマは、安倍政権が語ろうとしない、足りない矢、つまり財政健全化である。

 ◇負担話から逃げるな

 2015年度、20年度の赤字削減目標を掲げるだけで、それを毎年の予算編成でどう達成していくのか具体的な計画が依然、不明だ。「夏までに」計画を作るというが、今が夏である。自民の公約が消費増税に言及していないのは異様だ。国民に負担を求める話こそ選挙前に語るのが筋ではないか。

 一方、野党も選挙公約を見る限り、財政健全化の優先度は総じて低い。増税や歳出削減に反対するだけでは、論戦が深まらず、結局、政権与党の問題先送りを許してしまう。

 なぜ財政再建を急ぐべきかといえば、理由はまさにアベノミクスにある。「大胆な金融緩和」のもと、日銀は多額の国債を金融機関から買っている。政府から直接買うわけではないので、財政法が禁じる国債の引き受けにあたらない、との説明だ。

 だがこの先、信頼性の高い健全化計画が示されず、財政悪化が続くようなことになれば、異次元の金融緩和は結局、国の借金の肩代わりに等しいと市場からみられるだろう。国債が売りたたかれ、日銀が無制限の買い支えを余儀なくされる事態は何としても防ぐ必要がある。民主党が今問題視しているマヨネーズの数%値上げとは比較にならない“異次元の物価高”を招きかねないからだ。

 ロンドンでの講演で、安倍首相が触れなかった結末がある。高橋是清は、インフレの兆しが出てきたところで歳出削減にカジを切ろうとするものの失敗し、結果として軍事費の膨張とインフレに歯止めがかからなくなる。

 時代背景は大きく異なるが、財政が金融緩和をあてにした借金に走り出すと、思うように止められなくなるとの教訓は、今日にも当てはまらないか。ばら色のスローガン合戦に目を奪われてはいけない。日本の将来を左右するこの問題に私たちがどう対応するか、の選択だ。

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