社説:憲法改正 優先順位を国民に示せ

毎日新聞 2013年06月29日 02時30分

 憲法改正に現実味が出てきた、と安倍晋三首相は言う。通常国会閉幕を受けた記者会見では「我々が議論をリードすることで、初めて(改憲が)現実的な政治課題として表れつつある」と胸を張った。

 確かに、首相が掘り起こした改憲の機運は、政党や国民が率直に憲法を論じる土俵を作ったと言ってもいいだろう。改憲をタブー視する風潮は、今や過去のものだ。

 だが、それによって見える現実とは首相が言う改憲の道筋だけではない。政治が憲法をいかに軽んじてきたか、その現実もまた、あからさまになったのではないか。

順法精神なき立法府 まず、憲法改正を発議する唯一の場である国会に、憲法を尊重しようとする姿勢も、順法精神もうかがえないという現実である。

 衆院の1票の格差を最高裁に「違憲状態」と指摘されながら背を向け続け、緊急避難にすぎない「0増5減」の処理さえ土壇場まで腰を上げなかった国会に、どうして私たちは信頼して改憲論議をゆだねられようか。改憲勢力である日本維新の会の綱領には、憲法が「日本を孤立と軽蔑の対象に貶(おとし)め」たとあるが、ほかならぬ国会が、憲法を軽蔑の対象に貶めているのである。

 もう一つは、震災の被災地から見えてくる憲法の現実だ。

 憲法には、幸福追求権を定めた13条、健康で文化的な最低限度の生活を保障した25条などがある。ところが、自然災害や原発事故で暮らしを理不尽に奪われ、復興のめどもたたず、避難生活を強いられている多くの人の前にあるのは、現実と憲法の甚だしい乖離(かいり)だ。被災者にとって憲法とは、作り直すより使いこなしてもらいたいものだろう。

 改憲論議は自由闊達(かったつ)でいい。ただし、その前に政治家一人一人は、自分が憲法にどう向き合ってきたかを見つめ直し、立憲主義国の立法府を構成する一員であることに、責任と誇りを持ってもらいたい。改憲論議はそこから始まる。なぜなら、今の憲法が政治によってないがしろにされているとするならば、改正される憲法も、同じようにないがしろにされるに違いないからだ。

 その上で政党には、参院選に臨むにあたり、改憲論議の優先順位を明らかにするよう求める。

 一つは、他の重要政策との比較における優先順位である。

 景気の回復や財政再建、原発事故の収束と近未来エネルギーの制度設計、持続可能な社会保障制度の構築など、日本が抱える課題はどれも、政権が全力で格闘しても足りないほどの重いテーマである。

 高度に成熟し、多様な価値観を許容する先進民主主義国の日本が、これら山積する複雑な課題を横に置いてまで、あえて今、憲法の作り直しに取り組む必然性は何か。憲法を変えなければ越えられない障害があるのなら、そこに手をつけることこそ優先度が高い政治課題だと、国民に正直に語る責務がある。

 もう一つは、憲法のどの条文を変えるのか、という問題である。実際の改憲は逐条的に検討され、最後は国民投票にかけられる。優先順位を明示しない観念論、抽象論は「改憲ごっこ」の域を出ない。

改憲熟議の出発点に 安倍首相は春先まで、改憲の発議要件を衆参各院の総議員の「3分の2以上」の賛成から「過半数」に緩和する96条の改正に優先的に取り組む意欲を示していた。今は96条改正を急がず、国民の理解が浸透するのを待つ姿勢に軌道修正したようだ。参院選後の3年間も、デフレからの脱却に集中すると言う。

 では首相に問いたい。今後3年、経済政策に専念し、憲法改正の工程表は用意しないつもりなのか。96条改正を急がないなら、9条改正による国防軍設置など他の条文改正に先に取り組むのか、それとも、それらはさらに後回しにするのか。有権者は首相の明確な考えを知って、1票を行使したいのである。

 自民党の公約には、改正発議要件の緩和とともに、天皇陛下を元首とすることや緊急事態条項、家族の絆など10項目の改憲案が、ただ並べられているだけである。選挙で多数を得たらこのリストから自由に選んで改憲を発議する、というのでは無責任のそしりを免れまい。

 民主党の公約は、96条先行改正に反対する一方、「国民とともに『憲法対話』を進め、補うべき点、改めるべき点への議論を深め、未来志向の憲法を構想する」と基本認識を示すにとどまっている。これでは憲法を変えようというのか、変えたくないのか、判然としない。

 私たちは、参院を本来の「抑制と補完」の府に再生させるため、憲法が定める参院の権能を抜本的に見直すなどの論議に積極的に参加していきたいと思う。通常国会終盤の醜態を見れば、参院改革が焦眉(しょうび)の急であることは明らかだろう。

 国政選挙は、改憲発議者を選ぶ機会だ。憲法を尊び、憲法を生かす意識を持ち、改正の必要があればそれを誠実に具体的に語る、そんな改憲熟議の出発点としたい。

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